少なくとも多くの商売をつまらないものにしたものが3つある。
「能率」「マニュアル」「標準化」だ。
これが“3種の神器”となり、商売から多くの無駄を排除し、差別化をもたらした。
代表的なのがコンビニエンスストアで、これほど成長した原動力は、まさに3種の神器のおかげだと思う。
狭い店舗に売れない商品はすぐに排除され、売れ筋商品だけが並ぶ。完備したマニュアルによって、日本語にも不慣れな外国人でもすぐにレジを担当できるし、全国どこでも同じ商品が買えるのだ。
確かに、文字通り便利なので、毎日のように利用しているが、なんとなくつまらない。ただ最初はたどたどしい日本語だった外国人スタッフも2~3ヶ月もするとけっこう上手くなるのはお見事だと思う。
多くの商売や企業が“3種の神器”にならった結果、ローコストと効率性を実現できたが、多少のブランドの違いはあるものの、どこで買っても大差なくなり、その結果“商品のコモディティ化”、つまりどの商品も似たり寄ったりで違いがなくなり、ますます売れなくなった。
さらに、“3種の神器”は、“商売のコモディティ化”と“人のコモディティ化”をもたらしたのではないだろうか。
先のコンビニでもカフェでも、そして百貨店でも聞く「いらっしゃいませ」の言葉は、客の顔さえ見ない、実に空虚で事務的である。
なので、私は“3種の悪器”なのだと思えて仕方ない。
“3種の神器”をすべて否定するつもりはないが、どんなビジネスでも相手は“人”のはずだ。どこで買っても同じ商品なら、あの店で、あの人から買いたいと思ってもらえるために不可欠なのは“愛情”だ。
誰でも家族や友人など、大切な人には愛情を持って接するはずだ。だったらお客様にも愛情を込めて接することが、コモディティ化からの脱却につながるのだと思うのだが。
商売は「愛」。やっぱり甘いと言われるだろうな。
